2021/02/02

日本人に見えていないアメリカ民主主義の危機



1月6日にアメリカのワシントンD.C.で起きた連邦議事堂の襲撃、大統領選でトランプが負けたことを認めたくない白人至上主義者たちによる選挙結果の否定とトランプ/共和党による専制政治の確立を目指した暴動に対する様々なコメントの中から、最も共感できるものを2つ取り上げてみたい。いずれも、Democracy Now というアメリカのニュースメディアに登場したコメンテータのコメントである。

一つは調査ジャーナリスト Allan Nairn (アラン・ナーン)の“Americans Are Now Getting a Mild Taste of Their Own Medicine” of Disrupting Democracy Elsewhere (アメリカ人はこれまで他国の民主主義をさんざん妨害してきたが、今度は、マイルドだったとはいえ、自分たちがそれを味わうことになった)


概要欄から引用すると


調査ジャーナリスト、アラン・ナーンはトランプ大統領が次に打つかもしれない手について考察し、あのような反乱は「我々の国民性を示すものではない」と次期大統領のジョー・バイデンらが抗議しているが、アメリカには他国の民主主義プロセスを妨害してきた長い歴史があると言う。「アメリカ国民をひどく揺さぶったこの事件、この連邦議事堂に対する攻撃は、中南米、アジア、アフリカ、および中東で、他国の民主主義運動や選挙で選ばれた政府に対してアメリカの工作活動が行ってきたことに比べれば取るに足らないことである」というのがナーンの指摘である。

Investigative journalist Allan Nairn looks at what steps Trump may take next, and says despite protestations from President-elect Joe Biden and others that the insurrection was “not who we are,” the U.S. has a long track record of disrupting democratic processes elsewhere. “What has shaken the U.S. population so badly, this assault on the Capitol yesterday, is really nothing by comparison to what U.S. operations have done in Latin America, in Asia, in Africa, in the Middle East, to other democratic movements and elected governments over the years,” says Nairn.


暴徒が侵入してきたとき、議会では、トランプ大統領が不正があったと主張している州での選挙結果を承認することに異議を唱える共和党の議員たちに、それぞれの州について2時間ずつ発言の機会を与えて採決するという手続きが進行中であった。上院下院を合わせて、大統領の不正選挙主張に賛同し、選挙結果の承認を妨害する目的で議事堂へ侵入した暴徒を支持する共和党議員は議事堂内の議員の三分の一いたことになる。議事堂専任の警察は暴徒が乱入するかもしれないという懸念があったにも関わらず、十分な警備を用意していなかったばかりか、警察の中には、暴徒と一緒のところを写真に撮っていたものもいたという。議事堂警備のトップは辞任を要求された。2人の警官が自殺している。

近隣のメリーランド州の知事は、議事堂警備に援軍を送るために州兵を集めて、軍のOKが出たらすぐに駆けつけることができるように待機していたが、許可が下りるのに3時間も待たされたと証言している。D.C.所属の州兵チーフの上院での証言では、陸軍から州兵投入の許可が下りるまでに3時間以上かかっただけでなく、前日の1月5日に州兵投入を制限するメモが陸軍から州兵チーフに渡されていたことが明らかになった。つまり、トランプ政権は暴徒を頼りにして、あわよくば、議会の選挙結果承認儀式プロセスを無効にして、トランプ政権を継続しようと具体的な計画を立てていたということだ。

もう一つは、 トランプ政権が暴力に訴えても政権に居座ろうとするだろうことをトランプ政権誕生当時から予測していた歴史学者、ティモシー・スナイダーのコメントである。氏はニューヨークタイムズ紙に書いたAmerican Abyss”: Fascism Historian Tim Snyder on Trump’s Coup Attempt, Impeachment & What’s Next (アメリカの闇の深淵:ファシズム史の歴史学者ティム・シュナイダーがクーデター未遂と弾劾裁判および次は何かについて語す)を元にしたコメントである。




ティム・スナイダーはトランプが大統領に選ばれたと分かった直後に『On Tyranny: Twenty Lessons from the Twentieth Century』(暴政:20世紀からの20の教訓)という本を書いたファシズム、専制政治を研究してきた東欧諸国を専門とする歴史学者である。この本は民主主義の崩壊を予防するための心得リストのようなもので、どういう現象がファシズム化の兆候であるかを警告する本でもある。そのような知見を持つスナイダー先生の目から見ると、トランプはファシストになるには怠惰すぎるが、トランプと共和党にはファシズム願望の兆候があふれている。

上下両院の合同会議の真っ最中に行われた今回の議事堂への乱入と、その意図された目的(副大統領の絞首刑と下院議長の銃殺、選挙結果を無視するために捏造したデマ=選挙には大掛かりな不正があったというデマを既成事実化、選挙結果を無視した大統領の選択)、反乱を扇動した大統領および側近のアジテーション、共和党議員による大統領のデマの支持など、トランプ支持者たちはファシズムを支持し、失敗したとはいえ、議事堂へ乱入して民主的法治システムの破壊の決行にまで突っ走った。つまり、アメリカの国体、平和裏に政権交代を行うために作られた憲法と民主主義による法治の原則を、「不正選挙」というデマを流布して、暴徒を煽ることによって否定しようとしたのである。これをアメリカ建国以来の国体の危機と捉えた人も多かった。それを、ヨーロッパにおける民主主義政権の崩壊の歴史と比較して、早くから警告していたのがスナイダー先生だ。

ビッグ・ライとフェイク・ニュース

米国議事堂での暴動は、過激派を扇動し、民主主義を支える仕組みを弱体化してきたトランプ大統領のこれまでの言動から「まったく完全に予測できること」でした。アメリカ合衆国大統領が暴力を使って権力の座に居座ろうとした、つまり、我が国の憲法に基づくシステムを転覆しようとした結果、アメリカの共和国制度は風前の灯です。

(英語の原文:the riot at the U.S. Capitol was “completely and utterly predictable” given President Trump’s record of stoking extremism and undermining democratic institutions. “The American republic is hanging by a thread because the president of the United States has sought to use violence to stay in power and essentially to overthrow our constitutional system,” )


さらに、

 これは歴史家の伝統的な論点です。あの論説で指摘したことは、ビッグ・ライはその社会に根差していなければならないということについてです。アメリカでは、ビッグ・ライは人種問題に根差すことになります。それには、いくつかの側面があります。(... this is a classic historian’s point. The point I make in the article is about the big lie has to be rooted in a particular society. And in the United States, the big lie is going to be rooted in race. Let’s count the ways.)

一つには、トランプ氏が言っていることは、不正があったということです。選挙に勝ったときにさえ言っていました。「不正」とは黒人に投票権が与えられているという現実です。かれが、ミルウォーキーやアトランタやデトロイトで話すとき、黒人票のことを言っているわけですよね。彼が「俺が勝った」と言うとき、彼は「本当のアメリカ人の票だけを数えれば俺の勝だ。」と言っている。(Number one, what Mr. Trump is saying, when he won the election, is that there was fraud. And by fraud, he means the reality that African Americans are allowed to vote. When he speaks in Milwaukee or Atlanta or Detroit, what he’s saying is Black voters, right? When he’s saying, “I won,” he’s saying, “I won if you only count the votes of the real Americans.”)


2つ目は、クルーズ上院議員が1877年を持ち出したことを考えてください。アメリカを研究している歴史学者ならみんな知っていることです。多くの黒人も知っています。皆んなが知っているというわけではないでしょうが、1877年の妥協(訳者注:大統領選の票数が拮抗して、大統領を下院が決めたときの妥協)は、アメリカ南部でアメリカ版アパルトヘイトの設立が許可された瞬間でした。1877年の妥協が、アメリカの諸州が黒人を投票所から遠ざけ、ジム・クロー状況に追い込むことを可能にしました。それが100年近く続き、未だに尾を引いている。(Number two, think of Senator Cruz and his invocation of 1877. As every historian of the U.S. knows, and as lots of African Americans know, but maybe not everybody knows, the Compromise of 1877 is the very moment when the American South was allowed to build up a basically American apartheid. The Compromise of 1877 is what allowed American states to push African Americans away from the voting booths and into a Jim Crow condition, which was going to last for nearly a century and which we’re still dealing with today.)


3つ目は、議事堂に実際に侵入した人々を見てください。これは十分報道されていないし、叩かれてもいませんが、連中は基本的に白人至上主義者です。白人至上主義者が先頭に立っている、ですね。彼らが先導して、「これは私達の家だ」と主張している。言い替えると、アメリカ政府は、黒人に対して暴力を振るう意思を持つ白人の手中にあるべきだと言っている。(Number three, look at the people who actually invade the Capitol. These are — and this has not been covered enough, this has not been hit hard enough — these people are basically white supremacists. The white supremacists are leading, right? They’re leading the way, and they’re making the argument that “this is our house.” In other words, what we think is that American government should be in the hands of white people who are willing to be violent about Black people.)



共和党の中の最も大きなグループは、私の見方では、策士と呼ぶことのできる人たちです。彼らは、 選挙区の線引き、闇資金、投票者の抑圧(訳者注:黒人の多い地区の投票所を少なくして長い列ができるようにするなど特定グループを狙った投票ハードル)、などを使ってシステムを自分たちに有利になるように操作し、現在アメリカで行われているいわゆる「民主主義」が好ましいと言っている人々です。なぜなら彼らはその操作方法を知っているからです。不幸にして大変制限された民主主義でしかありませんが。(As for the Republican Party, I mean, my way of seeing it, as I lay out in that article, “American Abyss,” is that the largest group of Republicans are people that you could call the gamers, the ones who work the system with the gerrymandering, with the dark money, with the voter suppression, who are in favor of the, quote-unquote, “democracy” that we have in America now, the unfortunately very limited democracy we have, because they know how to work it.)

 それより小さなグループに私が破壊者と呼ぶグループがあります。トランプや、クルーズ、ホーリーといった人たちで、アメリカでは、完全に非民主主義的な方法で、暴徒によって、嘘をついて選挙結果を投げ捨てることによって、権力の座につけることを理解している人たちです。そういうグループがこれからも共和党内に存続します。(Then there’s a smaller faction, which in the article I call the breakers. Those are people like Trump or Cruz or Hawley, who have understood that one could actually come to power in the United States by entirely nondemocratic means, by way of the mob, by way of throwing an election and lying about it. And I think that faction is going to be there.)

さらに小さな第3のグループがあります。高潔な少数派と呼べる人々で、政策については私とは異なる立場にいるかもしれませんが、法の支配を信じる人々、本当のことを言うことを信じる人々、キンジンガーとかチェーニーとかミット・ロムニーとかです。(Then there’s a third, still smaller group, which you could call the honorable few, the people who have positions that I might disagree with, but who believe in the rule of law and who believe in telling the truth — right? — like Kinzinger or like Cheney or like Mitt Romney.)

 これから注目すべきことは、共和党のパワーの中心が破壊者と策士の組み合わせから、策士と高潔な少数派の組み合わせにシフトするかどうかだと考えます。それが可能性の高いことだと考えます。率直に言うと、それは共和党にとって大変いいことです。なぜなら、共和党は何世代にもわたって、特定グループの有権者に対する投票者抑圧(訳者注:黒人の多い地区では投票所の数を少なくして長い列ができるようにする、運転免許証以外のIDを認めないなど、投票に恣意的なハードルを設定)を行ってきた結果、今、袋小路に入ってしまっているからです。行き止まりに到達して、今、起きていることは、正直言って、唯一可能なことです。選挙を政策で勝とうとしないで、システムを操作することによって勝とうとすれば、いずれは、「もうシステムの操作なんかやめて、システムを壊してしまおう。」という人たちが出てきます。それが2021年の1月に起きたのです。そのあとは、カオスと流血の道をさらに進む以外に行くところはありません。私はそう考えるわけです。共和党は私の党ではありませんが、これは、彼らが再編するよい機会だと思います。そういう見方をする人がたくさんいてくれればと思います。(I think the interesting thing to watch for is whether the center of power in the Republican Party now shifts from being the breakers and the gamers together to being the gamers and the honorable few together. I think that’s now likely to happen. And it would be, frankly, a very good thing for the Republican Party, because the Republican Party, by way of generations of voter suppression, has now got itself into a cul-de-sac. It’s got itself into a dead end, where what’s happening now is, honestly, the only thing which can happen. If you don’t try to win campaigns with policy, but you try to win them by gaming the system, eventually there are going to be people who say, “Hey, let’s not game the system anymore. Let’s just break the system.” And that happened in January 2021. And there’s nowhere to go from there except further down into chaos and blood. So, I think — I mean, the Republican Party is not my party, but I think this is an opportunity for them to regroup. And I hope a number of them will see it that way.)

日本の民主主義はどうなるのか

今の日本の民主主義の制度は、戦後アメリカの占領軍がアメリカの憲法と独立宣言をコピペして作った憲法によって制定された議会制民主主義だから、アメリカを手本にして作られたものといっていい。しかし、それ以前に、日本に民主主義的な国家の意思決定の方法が実施されていなかったわけではない。明治維新以来、日本は欧米の諸国家をまねて、議会制民主主義を取り入れていたのは、学校の歴史の教科書にも書かれている。しかし、アメリカ(=連合国)による占領下で行われた議会制民主主義は、形ばかりで、日本政府がアメリカによる傀儡政権であることを隠蔽するための装置でしかなかったことに気が付いている人も相当数いる。短命の総理大臣はアメリカが後ろで糸を引いて、止めさせられたことも、巷でいろいろ取りざたされている。田中角栄は、ロッキード事件にはめられ、汚職判決によって失脚させられ、健康まで失った。

一方、中曽根康弘、小泉純一郎、安倍晋三など、長期政権を担った総理大臣は、アメリカの要求に屈して、日本に不利な通商協定や安保条約を飲んできたことは見え見えだった。最近は、アメリカばかりか中国にも首根っこを押さえられているのではないかという懸念がささやかれるようになっている。

日本の政治評論家と呼ばれる人々は、日本をどうすればいいのか、という話などしても無駄だと言わんばかりに、アメリカは日本に何を要求してくるか、中国は日本に何を仕掛けてくるかばかりを議論している。

日本では、日本版の民主主義を日本のために機能するようにできるのかが課題であろう。日本でトランプや共和党がどうプロパガンダに利用するために曲解・誤解されているかは、大した問題ではないというのが私の希望的観測である。